6月4日の朝9時20分、ジョン・ウォルドロン少佐は旧式のTBDデバステーターを日本艦隊に向けて旋回させた。自分が部下たちを死地へ導いていることを、彼は知っていた。

ミッドウェイからの最後の飛行:雷撃第八中隊が散った日

15機の航空機、30人の搭乗員、生存者はただ一人——太平洋戦争の転換点となった犠牲

雷撃第八中隊は日本艦隊への攻撃でただ一人を除く全員が戦死したが、その犠牲がミッドウェイでの勝利を可能にした。

6月4日の朝9時20分、ジョン・ウォルドロン少佐は旧式のTBDデバステーターを日本艦隊に向けて旋回させた。自分が部下たちを死地へ導いていることを、彼は知っていた。

雷撃第八中隊は空母ホーネットから15機で出撃し、各機にはマーク13魚雷が1本搭載されていた。あまりの不発率の高さから、搭乗員たちはこの魚雷を「空飛ぶ棺桶製造機」と呼んでいた。中隊には護衛の戦闘機がいなかった。デバステーターの最高速度はわずか115ノット、現代の高速道路の制限速度にも満たない。彼らは日本が編成した史上最強の艦隊に向かって飛んでいたのだ。

サウスダコタ州出身でスー族の血を引くウォルドロンは、前夜、部下たちにこう告げていた。「最後の突入で残った機が1機だけになっても、その男には必ず突っ込んで命中させてもらいたい」。彼は前夜遅くまで海図を研究し、指定された索敵座標ではなく、航海士としての勘と経験で日本の空母を見つけられると確信していた。そしてその確信は正しかった。

中隊が海面すれすれまで降下すると、零戦が銀色のスズメバチのように群がってきた。デバステーターは次々と炎に包まれていった。編隊の最後尾を飛んでいたジョージ・ゲイ少尉は、仲間たちが次々と太平洋に墜落していくのを見つめた。後部機銃手のロバート・ハンティントンは、すでに機銃に伏したまま絶命していた。ゲイの腕を弾丸が貫いていた。

💡 ウォルドロン少佐の航法に対する勘は驚異的だった。指定された索敵座標をあえて無視して日本艦隊を発見し、「敵の匂いを嗅ぎ分けられる」という自らの主張を証明してみせたのだ。