刃が星明かりを受けて、振り下ろされた。

星に名を刻み、命を散らした天文学者──ウルグ・ベク、実の息子に殺される

天空を地図に描いたサマルカンドの王子は、自ら育てた息子の手によって最期を迎えた

ティムールの孫は史上最高の天文台を築いたが、「異端」の罪で実の息子に斬首された。

刃が星明かりを受けて、振り下ろされた。1449年6月11日、サマルカンドの城壁の外で、中世イスラーム世界最高の天文学者がシルクロードの砂塵の中に膝をつき、実の息子が下した処刑の時を待っていた。

ウルグ・ベクは、ただ統治することなど望んでいなかった。アジア全土に頭蓋骨のピラミッドを築いた恐るべき征服者ティムールの孫として生まれ、帝国を受け継いだが、その心は数学への夢で満たされていた。1424年、彼はサマルカンド天文台を建設させた──それは三階建ての円筒形の驚嘆すべき建造物で、丘の斜面に埋め込まれた巨大な大理石の六分儀を擁していた。その弧は四十メートルにも及び、かつてない精度で天体を追跡することができた。

三十年にわたり、ウルグ・ベクと彼の天文学者たちは1,018個の星を目録に記録し、十三世紀もの間誰にも疑われることのなかったプトレマイオスの誤りを修正した。彼の『ズィージ・スルターニー』は、150年後のティコ・ブラーエの観測が現れるまで、世界で最も正確な星表であり続けた。彼が算出した恒星年の長さは、現代の測定値とわずか数秒しか違わない──科学史家たちを今なお驚嘆させる偉業である。

しかし、帝国は星のことなど気にも留めない。ウルグ・ベクが天を仰いでいる間に、彼の国は崩壊しつつあった。息子のアブドゥッラティーフは、スルタンの学問への執着を蔑む軍の指揮官たちの中で育ち、権力への渇望を募らせていった。1449年、ウルグ・ベクの軍がライバルの王子に壊滅的な敗北を喫したとき、アブドゥッラティーフは好機を見出した。

💡 ウルグ・ベクが測定した恒星年の誤差はわずか58秒──この誤差があまりに小さいため、これを大幅に上回る精度を達成するには現代の原子時計が必要だった。