大広間でろうそくの炎が揺らめく中、二人の若き天文学者は剣に手を伸ばした。数学の論争に血で決着をつけるために。
数学論争の決闘で鼻を失った天文学者
1566年、ロストックにおけるティコ・ブラーエの運命の夜
十代のティコ・ブラーエは数学論争の決闘で鼻を失い、生涯金属製の義鼻をつけて過ごした。
ロストックのルーカス・バクマイスター教授邸の大広間でろうそくが揺らめき、酒に酔ったデンマーク貴族の若者たちの顔に影を落としていた。1566年8月7日のことだった。数週間前のクリスマスの結婚披露宴として始まった祝宴は、次第に険悪な空気へと変質していた。二人の天文学者——ともに十九歳、ともに己の才能を疑わぬ若者——は、何日も前から互いを牽制し合っていた。
金髪のティコ・ブラーエは、デンマーク貴族の御曹司であり、ある日食について予測を立てていた。同郷のマンデルプ・パースベアはそれに異を唱えた。論争は数学から始まったが、やがて個人的な確執へと変わっていった。どちらが優れた天文学者か?どちらがより鋭い知性の持ち主か?十二月の闘の中で、二人は挑戦状を交わしていた。そして今、夏の夜、剣で決着をつけることになった。
黄昏時、二人は庭で対峙し、レイピアを抜いた。決闘は短く、残酷だった。薄明かりの中、パースベアの刃がティコの鼻筋を捉え、軟骨と骨を削ぎ落とした。血が若き貴族の顔を伝って流れ落ち、彼はよろめいて後退した。友人たちが彼を屋内に運び込んだが、損傷は壊滅的だった——惑星の運動をめぐる口論で、顔の中心部が破壊されたのだ。
その後の人生は、いかなる天体観測よりもティコという人物を定義することになる。彼は金、銀、銅の合金で作られた義鼻を注文し、常に持ち歩く粘着性の軟膏で固定した。その後三十年間、望遠鏡以前の時代における最大の天文台ウラニボリを建設しながら、ティコはその傷を勲章のように身につけた。訪れるあらゆる君主、彼のもとで学ぶあらゆる学生、彼の星表に驚嘆するあらゆる天文学者が、本来肉があるべき場所で金属の光を見た。
💡 2010年にティコの遺体が発掘された際、化学分析により義鼻は伝説が語るような金や銀ではなく、実際には真鍮製であったことが判明した。おそらく彼は場面に応じて複数の鼻を使い分けていたのだろう。