ドイツ軍の機関銃手たちは一度も的を外したことがなかった——存在するはずのない何かに、弾丸が跳ね返り始めるまでは。
史上初の戦車攻撃:フレール=クールスレットの鉄の夜明け
マークI戦車がソンムの戦場に轟音とともに突入したとき
1916年9月15日、戦車が初めてソンムの戦いに投入され、ドイツ軍守備隊を恐怖に陥れ、戦争の形を永遠に変えた。
1916年9月15日午前6時20分、フレール村付近のイギリス軍陣地から、砲弾で穿たれた月面のような大地にまだ霧が漂う中、何か異形のものが姿を現した。第7ロンドン連隊のバート・チェイニー二等兵は、煙を吐き出しながら有刺鉄線を草のように踏み潰し、ドイツ軍の塹壕に向かってゆっくりと這い進む巨大な鉄の菱形を、信じられない思いで見つめていた。「奇妙な脈打つような音が聞こえてきた」と彼は後に語っている。「そして私たちの方へ、今まで見たこともない3体の巨大な機械の怪物がのっそりと近づいてきたのです」
ドイツ軍も同様に呆然としていた。2年間にわたり歩兵の波状攻撃をなぎ倒してきた機関銃手たちは、今や自分たちの弾丸が鋼板に当たって虚しく火花を散らすのを見ているしかなかった。逃げ出す者もいた。立ちすくんだまま動けない者もいた——何か悪魔のような幻影に直面していると確信して。捕虜になったあるドイツ軍将校は「あれは一体何という悪魔の代物なのか」と詰問したと伝えられている。
それは戦車だった——その朝、49両が戦闘に投入されたが、出撃線に到達できたのはわずか32両だった。機械的故障、砲弾の穴への落ち込み、そしてこの28トンの試作機の根本的な信頼性の低さにより、実際の戦闘に参加できたのはせいぜい十数両に過ぎなかった。乗組員たちは摂氏50度を超える車内で窒息しかけ、一酸化炭素の煙で視界を半ば失い、自らのエンジンの轟音で聴覚を奪われていた。
しかし、心理的衝撃は凄まじかった。フレール村では、スチュアート・ヘイスティ中尉が指揮するD17と呼ばれる1両の戦車が村の中心部を突っ切り、歓声を上げる歩兵たちがその後に続いた。王立航空隊の偵察パイロットは、あの有名な通信を送った。「戦車がフレールのメインストリートを前進中。多数の兵士がその後に続く」
💡 乗組員たちは自分たちの戦車を「国王陛下の陸上艦」と呼び、車両には当初「メソポタミア向け給水車」というコードネームが付けられていた——機密保持のため「タンク(水槽)」と略されたのが、その名の由来である。