彼の使命は軍事同盟を結ぶことだった。しかし彼は、古代世界をつなぐ交易路を切り開いた。
張騫とシルクロードの開拓
中国の外交官が西方世界を発見する——そして二度捕虜となる
中国の西方世界への使者・張騫は、10年もの囚われの身を含む13年間を生き延び、シルクロードを生み出す知識を携えて帰還した。
紀元前130年頃、中国の外交官・張騫は13年に及ぶ驚異的な旅を終え、長安にある武帝の宮廷へと帰還した。彼は遊牧民族・匈奴に対抗する同盟を結ぶために旅立った——そして帰ってきた時、既知の世界が中国の誰もが想像していたよりもはるかに広大であることを発見していたのだ。
武帝は張騫にある使命を託していた。匈奴によって故郷を追われた民族・月氏を見つけ出し、軍事同盟への参加を説得せよ、と。張騫は100人の部下を率いて出発した。しかし最初の1年で匈奴に捕らえられてしまう。彼は10年もの間、彼らの虜囚として過ごし、匈奴の女性と結婚し、子をもうけた——それでも己の使命を決して忘れなかった。
ついに脱出を果たすと、彼は西へと旅を続け、フェルガナ盆地(現在のウズベキスタン)、そして大夏(現在のアフガニスタン)を経由した。そこで彼は、間接的な交易路を通じてすでに中国の品々が流通していることを発見する。また、大宛の民が誇る壮麗な「天馬」を目にした。この馬を武帝は後に激しく渇望し、手に入れるために戦争まで起こすことになる。
張騫は軍事的な目標を達成することはできなかった——月氏はかつての敵と戦うことに何の関心も示さなかったのだ。しかし彼の詳細な報告は、中国の世界認識を一変させた。そしてその報告こそが、絹を西方へ、仏教を東方へと運ぶことになる交易路——シルクロード——を直接生み出すきっかけとなったのである。帰路、彼は再び捕らえられた。だが再び脱出し——その旅を完遂することで、世界の歴史を変えたのだった。
💡 張騫が報告した「天馬」——フェルガナ馬——は神聖なものとみなされ、武帝はわずか数千頭を手に入れるために6万の兵士を二度にわたる遠征に送り込んだ。